バスの足元から舞った砂埃で、軽くゴホゴホとむせる。太陽はじりじりと赤く燃えていて、目が合う人々は褐色の手を、色とりどりの布の下から覗かせている。
ヨーロッパの協会や石畳、お洒落なコーヒーショップなんかばかり彷徨っていたから、ドイツもチェコもポーランドも、オーストリアも正直もはや何処の国を旅しているのか、どこに境界線があるのか分からなくなっていた。「今何処?」と聞かれても「えーっと何処だっけな」なんて事も多々あった。長期旅は、日に日にそんな時間が増えていって、気づけばごくりと飲み込まれてしまう。ヨーロッパを彷徨っている間、頭の中はずっとぼんやりしていた。
そんな私の頭に、モロッコは異国のシャワーを思いっきりに浴びさせてくれたのだ。
10日間をかけて首都のマラケシュ、メルズーガ砂漠を駆け抜けてフェズ、青い街のシャウエンへ。どの街も、全く色が違う。頭が徐々に、旅モードへとシフトしていく。
可愛すぎる色合いの宿たちに目を輝かせ年甲斐もなくはしゃいでしまう。夜は何だかもういつまでも眠れずに、星空を見上げに何度も外へ出てしまった。
砂漠で、世界のはじまりも待った。ゆっくりゆっくり地平線から上がってくる紅い宝石を、色んな国の人々と息を飲んで見守る。上がりきった太陽に照らされた真っ赤な顔でにっこり笑って、言葉は通じないのに、綺麗だね、すごいねってニュアンスで伝え合う。美しいものを美しいと思う気持ちは、万国共通なんだなあ。
砂漠の民(と本人は言っていた)が着ている民族衣装の柄が美しくて「いいなあ」と言うと、恐ろしく高い値段をふっかけてくる。「高いよ」と怒って言うと、「砂漠の民の汗と涙が染み付いている」とご本人。私が着てもきっと、似合わないのだろう。
旅中「モロッコって治安は大丈夫なの?」と何度も聞かれた。大丈夫、と胸を張っては言えないかもしれない。初めてのひとり旅で、チョイスして良い場所ではない。だけれど。不安を乗り切って、もしこの地に足を踏み入れることができたのなら。文字通り「忘れられない」旅になる。
モロッコを最後に旅したのは、もう2年以上前になるけれど、それでも私はこの地の事を、鮮明に思い出すことができる。
食べたものも、出会った人も、心ときめいた色とりどりの雑貨たちにも。
いつかまた戻りたい。いや、必ず戻ろう。
そう強く思わせてくれる力が、この国にはある。