「韓国は日本語も通じてしまうから、あまり海外にいる気持ちになれないよ」
わたしの前に座った友人は、手を顔の前で左右に降りながら、そんな言葉を吐いた。
思い切り遠くにいく時間はない。だけれど、このまま同じところにとどまっているのは何だか居心地が悪く。
「だからどうしてもちょこっとだけ羽を伸ばしたくて、韓国に遊びに行かせてもらおうかなと思って」
そう切り出したことへの、彼がくれたアンサーがそれだった。
今まで、30カ国近く訪れたにもかかわらず、韓国に足を踏み入れたことは一度もなかった。
「少し羽を伸ばすなら、それこそ国内の温泉にでも行ってきたらいいのに」
ごもっともだなあ、とも思いつつも笑ってごまかし、頑固な私は直感で選んだ、韓国の「松亭」という場所へ足を運ぶことに決めた。
下調べもせず名前でなんとなく選んだものだから、最寄りの都市釜山(ぷさん)に到着したのち「ここからローカルのバスで2時間ほどかかるよ」と言われたときには、心底驚いた。
バスからは、時間が経つごとに観光客らしき人々がどんどんと消えていき、最後は数人の韓国人と、わたしたちだけになった。
たどり着いた松亭は、静かな海辺の町で。思ったよりも都会だなあと思いつつも、ここはまだ松亭ではなく、わたしの滞在先はさらにここからタクシーで山を越えた場所にあるという。流れてきたタクシーを捕まえ乗り込み「○○まで行きたいです」と英語で伝えると、タクシーの運転手が首をかしげる。英語が話せるか、と尋ねるとまた困ったように首を横にかしげる。
びゅんびゅんと車が進むたび、少しずつ賑やかだった街の看板が消えていく。気づけばあたりに観光客の気配はなく、ポツリポツリと、韓国語で書かれた看板があるだけだった。
この場所はどうやら韓国人たちのプチバカンスとして使われていること。
英語は通じないこと。
もちろん日本語も通じないこと。
外国人観光客は滅多にこないこと。
3日ほど滞在すると、どうやらここは自分が思っているよりも、きちんと”異国”であることに気づく。
ちいさなカフェが3軒、行きつけの韓国料理屋が1軒できた頃には、すっかりこの場所を好きになっていた。
全部で5日ほどの滞在を、ほぼ徒歩10分圏内でコンパクトに過ごした。
透き通る海を見て、カフェで本を読み、少し仕事をして。お昼寝をして、夕焼けを見て、ごはんを食べる。
そんな、日常と旅の真ん中のような生活が、日本でそわそわし続けていた私の心をやっと落ち着かせてくれた。
近くて遠い異国を覗きたくなったなら。ふらり、韓国の松亭を訪れてみるのも良いかもしれない。