「おもちゃ箱をひっくり返したみたいな国だなあ」初めて空港に足を踏み入れた時、溢れ出した感情がそれだった。
隣のオーストリアからそれはそれは短いフライトでやってきて(確か30分ほど)、ああ、冬のヨーロッパはどの国も、なんだか変わり映えがしないな。だなんてヨーロッパフリーク達に聞かれてしまったら頭ごなしに叱られてしまいそうな気持ちをぶら下げて。私は世界一周の4ヶ月目を迎えていた。旅が長くなればなるほどに、良くも悪くも、自由に慣れてしまう。新しい国から国への移動は何だかコンベアーの上に引かれ、均等に伸ばされてしまった作業のように単調になる。日を追うごとに、首から下げているカメラ機材はただのファッションの一部になってしまっていた。
そんな私の死んだような目と感情に、魔法をかけてくれたのがチェコだった。黄色に赤、緑に青とカラフルな色が踊り、コロンっと丸いフォントで描かれた飛行機の着陸マークが「君の荷物はあちらから受け取ってね」と、優しく微笑んでいた。
途端。心がふわりと羽が生えたように軽くなる。ああ、そうだ旅は、異国は、こんな風に楽しいものだったのだ。ワクワクしたくて旅に出たのだ。と、物や人が溢れるプラハの街並みが教えてくれる。
「この町でファインダーを覗かないなんて無理だよね。魅力的すぎるもの」
夢中でシャッターを切る私に話しかけてきた船乗りは、ニッコリ微笑みながら、この町の歩き方を丁寧に教えてくれた。
町のところどころに点在する謎のアートも、チップを渡すと突然動き出す石像のパフォーマーも、どこまでも、どこまでも続く石畳の先に突然現れる古いお城も。その全てがカラフルで、でも無理くり人工的に作られたような明るさはなく。じっくり、何年も何年もかけて、その町に、建物に染み渡っていったような、じんわりとした色が町中を彩っている。緻密にデザインされたお店の看板をまじまじと見つめていると「ウェルカム」とチェコ訛りの可愛らしい英語でチョコレート屋さんが手のひらに、ちいさなお土産を置いてくれる。「親切でチャーミング」。それが私のチェコ人の印象だった。
物価はヨーロッパ圏の中では安い。日本と比べると「少し」安いくらいの位置づけだ。宿泊は2000円程でできてしまうし、ご飯も1000円程度でお腹いっぱいたんまり食べられる。お土産も手頃だからか、宿にたどり着く頃には背中のリュックはいつもパンパンに膨らんでいて「もっと大きなリュックを持っていかなくちゃね」と、部屋の仲間たちに笑われていた。
「この町には魔法がかかっているよね」
そんな話を、3日しか滞在する予定がなかったのに、まるで白雪姫に出てくる小人達の家のようで、すっかり気に入ってしまった宿屋のベッドでゴロゴロと寝返りを打ちながら、わたしが口を開く。
「そうだよ。住んでしまえばいいのに」
「この国は世界一だよ」
宿屋のスタッフ達が口々に繰り返し、プラハがどんなに素晴らしい場所なのかを熱弁する。そんな毎日を丁寧に過ごすうちに、私にとってプラハは「旅する場所」からいつの間にか「帰る場所」になった。
風のように旅をするのではなく、根をはり、ゆっくり、この町の空気を体に取り入れていく。特別な事はせずに、このおもちゃ箱みたいな町を隅々歩き回って、自分の中に地図を作っていく。そう、まるでそれは、子供の遊びのように。
そんな歩き方が、とても似合う場所だった。
もう一度あの場所を訪れるのはきっと。
また心が動かなくなってしまった、そんな時なんだろう。
今回旅した場所「チェコ」
チェコ共和国は中央ヨーロッパの共和制国家。首都はプラハ。日本からチェコへは約13時間ほどで、時差は8時間。プラハ城、中世の街並みが保存された旧市街や彫像が並ぶカレル橋が有名な観光スポット。