冬の匂いが町を包み込み、町に静けさが漂い始めるといつも行きたくなる場所がある。それがイタリアにある水の都、ヴェネチアだ。
最初はここに立ち寄る予定はなかった。しかし、ふと突然に昔みた映画を思い出し、「行かなければ」という衝動に駆られて、世界一周中のルートに無理やり組み込んだ。迷路のように絡まった小道の両側には華やかな店が並んでいて「法律で車は立ち入ってはいけないのよ」と教えられた町には、その小道を埋めるように水路が伸びる。
あっちへグネグネ、こっちへグネグネ。あの美味しいパスタ屋さんがあったのは、一体どこの道だったのか。同じような道ばかりを歩いては、先ほどすれ違った同じ迷い人と微笑み合う。そうこうしているうちにまた新たな店を発見しては、「まあ、またあのパスタ屋さんは見つかったらでいいかな」なんて妥協をはじめて、気づけば熱々のホットチョコレートだとか、クロワッサンを頬張っている。
もちろん、イタリアと言えば、な有名なジェラート屋も多数ある。ちいさなカップにちょこんとのせてもらい頬張ると、口の中にじんわり、甘みや酸っぱさが楽しくはじけていく。冬の寒空の下だというのに、思わず笑顔になれる味だ。
「この町には魔法がかかっていると思う」と口にしたのは現地で出会った4個下の男の子で、その言葉にわたしも首が取れそうになるほど頷き、同意した。この町には確かに、魔法がかかっている。その証拠に空はいつも薄いピンクと青を纏っていて、建物はそれを受け止め、オレンジ色に光る。その姿はなんだかどこかのワンダーランドか、おとぎ話のようで、私たちはいつもその景色をぼーっと口を半開きにして見つめていた。
大きな安ホステルには、岩のように大きいバックパックを背負った旅人たちが詰めかける。ヴェネチアは物価も宿も高いから、私たち旅人にとってここは唯一のセーフティポイントのような、そんな場所になっていた。朝は早々みんな目を覚まし、朝日を見に水場へ集う。凛とした空気に息が白くなって、宿から持ってきた紅茶をお守りのように両手で包み込む。
まるで某ファンタジー映画に登場しそうな本屋さんも多数存在している。ここで魔法の教科書を揃え列車に乗り、あの学校へ入学する準備さえできそうな、ずっしりと古めかしい本たちがひっそりと眠っている。
作りたての生パスタに絡めたバジルソース。ふんわり店の外にまで香りが漂うアーリオオーリオ。みんな大好きトマトソース。カラフルな色たちが踊るように麺に絡まり、紙のボックスに入って提供されるこの子たちは食べ歩き用。パスタの食べ歩きなんてと最初は驚いたが、みんなチュルチュルと楽しげにすすりながらウィンドウショッピングをしているのを見ていたら、いつの間にか私もそれに習って、平気で「食べ歩きパスタ」をするようになっていた。
たった一週間しか滞在しなかったけれど。今でもあの日々頭の中の引き出しにきっちり収納されている。目をつぶれば夢中でシャッターを切った朝焼けや、大好きだった小道を、きちんと思い出すことができる。
この町のことは、思い出すたび胸が大きく鼓動を打つ。あの町は、何から何まで目の前に並ぶこと全部が、夢のようだった。私の時間は確かに止まっていたように思う。
もしもう一度あの町に足を踏み入れることがあるのであれば。わたしはわざとグネグネ道を迷子になりながら、あの、夢中で頬張ったパスタ屋さんを探したい。
イタリア・ヴェネチア
イタリアの水の都。観光地な為、日本と比べ物価や宿はやや高め。食べ物も美味しく、日本人の口にも合う。建物も美しいものばかりなのでカメラは必需品。日本から往復で20万円ほど。